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›10 03, 2003

興福寺

カテゴリー: 奈良寺社建築 /
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法相宗大本山
奈良県奈良市登大路町48

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■東金堂(とうこんどう)
興福寺で三つある金堂の中で、東側に位置するので東金堂。
桁行七間、梁間四間、寄棟造り、前面柱間吹き放し。

法相宗の大本山として知られる興福寺。その前身は飛鳥の「厩坂寺」であり、さらにさかのぼると天智朝の山背国「山階寺」が起源となります。
その山階寺は、天智8年(669)に藤原鎌足が重い病気を患った際に、夫人である鏡大王が夫の回復を祈願して、釈迦三尊、四天王などの諸仏を安置するために造営したものと伝えられており、この名称は後世においても興福寺の別称として使われています。
その後、壬申の乱(672)ののち、飛鳥に都が戻った際に、山階寺も移建され、その地名を取って厩坂寺とされました。さらに、平城遷都の際、和銅3年(710)藤原不比等の計画によって移されるとともに、「興福寺」と名付けられたのです。

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■(仮)金堂→
現在中金堂再建中のため、仮に作った金堂。

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■北円堂(ほくえんどう)
国宝。春と秋に特別公開。

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■南円堂(なんえんどう)
重要文化財。西国三十三所観音霊場第九番礼所。

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■五重塔
日本第二位の高さの塔(50.1m)。730年創建。現在のものは1426年に再建されたもの。
■三重塔
1143年創建。現在のものは鎌倉時代初期の再建。

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