設計・・・旧日本住宅公団
大阪府大阪市西区
昭和三十二年、旧日本住宅公団(現住宅都市整備公団)が建設した西長堀アパートは俗にマンモスアパートとよばれて大阪市民の耳目をひいた。
このアパートの敷地は、もともと公有の住宅用地であったため、ミナミの繁華街に近いという立地条件にもかかわらず、順調に工事が進められた。東京の晴海アパートと対をなす都心部高層賃貸住宅の最初の試みであった。
当初の入居者には著名人も多く、作家の司馬遼太郎、作詞家の石浜恒夫、下着デザイナーの故鴨居羊子が話題をよんだ。
しかし、建設の時期がまだ旧来の和式住宅の生活様式が定着している中であったため、高層住宅に必要な諸設備の開発がおよばず、その後、システム化されていく暖房給湯やテレビ共同視聴配線もなく、激動の時代の最先端をきった施設としての運命を背負った。
普通のマンションと言えばそうなる建物。しかし住んでいた方々は有名人も多かったらしく、この箱には色々なドラマが詰まってそうなのだ。
色んなドラマが生まれる建物は素晴らしい。