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›4 16, 2013

軍艦島(端島)

長崎県長崎市端島 (MAP

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軍艦島パンフレットより
長崎港から南西に19kmの沖合に位置する端島(はしま)は、南北に約480m、東西に約160m、周囲約1,200m、面積約63,000屬箸い小さな海底炭鉱の島で、堤防が島全体を囲い、高層鉄筋アパートが立ち並ぶその外観が軍艦「土佐」に似ていることから「軍艦島」と呼ばれるようになりました。
端島では、1810年頃に石炭が発見され、佐賀藩が小規模な採炭をおこなっていましたが、1890年三菱合資会社の経営となり、本格的海底炭坑として操業が開始されました。
出炭量が増加するにつれて人口も増加し、狭い島で多くの人が生活するため1916年には日本初の鉄筋コンクリート造の高層集合住宅が建設され、盛時には約5300人もの人々が住み、当時の東京都の9倍もの人口密度にまで達しました。
エネルギー革命により、エネルギーの需要が石炭から石油に移ったことで、出炭量も人口も徐々に減少し、1974年1月に閉山した後は、同年4月に無人島になりました。

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ドルフィン桟橋周辺の様子。掘られた石炭はここから船に積まれ運ばれていった。クルーズ船はここから上陸して島へ入る。

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左写真:山の上に見えるの建物・左側が貯水槽(RC造)、右側が3号棟(RC造)の職員社宅と思われる。
右写真:ベルトコンベアーの支柱が残っている。

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軍艦島パンフレットより
1916年(大正5年)に建てられた30号アパートは、かつて「グラバーハウス」とも呼ばれ、日本最古の7階建て鉄筋コンクリート造の高層アパートといわれています。
鉱員社宅として建設され、内庭には吹抜けの廊下と階段があり、地下には売店もありました。31号棟鉱員社宅には、地下に一般用の共同浴場があり、1階には郵便局や理髪店も設置されていました。

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左写真:左から31号棟、中央30号棟。

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右写真:レンガ造りの建物は総合事務所。工場関係の建物はほぼ崩壊している。

2009年から島に上陸することができるようになり、限られた見学ルートでのみですが見学できます。それにともない軍艦島へ行けるツアー業者もいくつかあり、今回は軍艦コンシェルジュで軍艦島まで行ってきました。島まで着くまでの間、実際に端島で住んでいた方のお話・説明を聞けるので、とてもよいです。

詳しくはWikipedia 端島(長崎県)

軍艦の様に見えるアパート→関西今昔建築散歩:軍艦アパート
軍艦と比喩される色んなもの→関西今昔建築散歩:軍艦ナントカ

軍艦島で撮った他の写真→FLICKR:gunkan-jima

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