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カオサン発シェムリアップ行きのバス#3

›7 01, 2006

frontier town

旅は道連れ、所はポイペト編

昼食をとったレストランから、僕はついさっき出会った日本人女性と行動を共にすることになった。彼女はカオサンの旅行会社で300Bという値段(350Bだったかも)でこのバスに乗ったという。僕はまたボッタくられたのかと、高い所から落下する感覚に襲われる。バンコク初日にあらゆる詐欺に騙された僕は、逃げる思いでカンボジアに向かっているにも関らず、シェムリアップ行きのバス代までも高額に支払っているとは。これから先、どこに行っても騙され続けるぞと。今回の旅はどうしょうもないなと感じさせられた。

その旅を共にする事になった彼女は、約三ヶ月間でタイ・カンボジア・ベトナム・ラオスそしてタイと東南アジア一周し、最後にオーストラリアへ向かうという。このカンボジア行はその壮大な旅のまだ始まりなんだそうだ。彼女は小柄で、体格と同じくらいのバックパックを背負っている。そのため背負っている時は、常に前傾姿勢だ。

そんなこんなでタイ側の国境に到着。バスは国境ゲートから数百m離れた市場の駐車場(バスターミナル?)で停まる。バスを降り車体の底部にあるトランクから自分のリュックが降ろされるのを待つ。僕達バスの乗客がみなトランクがある方向へ意識を集中させている中、背後からたくさんの数の視線を感じる。後ろを見るや手製のアクセサリーを売ろうとしている、又はスキあらば何か盗ろうとしている、又は物乞いをしている少年少女たちが群がっていた。タイでこれだけの数の貧しい子供達を見るのは初めてで、一瞬ふとした事で、バスが間違えてカンボジアに入ってしまったのではないかと錯覚したほどだ。カンボジア内戦の時、この地にたくさんの難民が押し寄せてきたという事も関係しているのだろうか。ここはタイでもカンボジアでもないような感じだった。

welcome to Cambodia poi pet

バスを降り荷物を背負うが、ここからどう行けば良いのか分からない。さっき昼食時にいたガイドらしき人物も見当たらない。しばらく考えていると、一緒にバスを降りた集団が移動し始めた。僕らはその集団と離れないように付いて行く事しか選択肢はなかった。何か漠然とした不安が頭から離れない。この不安はカンボジアに入り、この国境を離れるまで続いた。
そして本体からはぐれた統率がとれてない部隊のような集団の後を付いて行き、皆がする様に僕達もタイ側イミグレーションで出国審査をすまし、あいのりの様に皆で国境を飛んで越えたりなんかせず、そして出国然りカンボジア側のイミグレで入国審査を受け、淡々とカンボジア入国。
カンボジア入国するとタイとの貧富の差が一目瞭然だと、日本にいる時に見たり聞いたりしていたけれど、そんな事は無かった。少なくとも国境から半径2,3kmの範囲では着ている物も、街の雰囲気もタイ側の国境付近の感じとあまり差が無いように思えた。それは近年の観光客の増加で、この付近が豊かになってきているせいなのか、僕があらかじめ用意していた情報が古すぎたのかもしれない。

入国審査を終えイミグレの建物を出て少し東へ行くとロータリーがある。そこに昼のガイドのおっさんが立っていて、手振りで近くに停まっていたバスに乗れと合図してくる。そのバスは僕達がバンコクからここまで乗ってきたバスとは雲泥の差。土の中に埋まっていたものを掘り起こしたようなバスだった。
ようやくタイとカンボジアの差を感じ始めた。

カンボジア側のイミグレを通過して、その先にあるロータリーから出発した僕らを乗せたバスは、ほんの数分走ったところで停車し、僕らを降ろす。僕はここで降ろされた事に特に不満も疑問もない。カンボジアに入国する直前から、右左分からない自分はバンコクから伴にシェムリアップへ向かう北欧人3人とスイス人2人にただ着いていくだけだと心に決めたのだ。彼らが降りるのなら僕も降りる。彼らがタイに引き返すのなら止むを得ないとも思った。

結局降ろされたココは、バスターミナル(とは言えない場所だけど)らしく今さっき乗っていたバスはただの国境からバスターミナルまで僕らを移動させるものだったのだ。歩いてこの場所まで来るには相当距離があるし、また初めてのポイペトだとまず僕は辿り着けなかっただろう。
ここでシェムリアップ行きのバスに乗り換えるのだそうだ。


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