京都府京都市北区上賀茂本山


■入口の鳥居

■校倉

■庁ノ舎

■御所舎

■細殿

■立砂(左)■勅旨殿(右)

■土舎
神代の昔、本社の北北西にある、秀峰神山(こうやま)[右図]に御降臨になり、天武天皇の御代(678)、現在の社殿の基が造営されました。本殿御鎮座以後も広く庶民の信仰を集め、皇室の御崇敬は歴代にわたり、行幸啓は枚挙にいとまなく、国家の重大時には必ず奉幣、御祈願がありました。
嵯峨天皇は御杖代(みつえしろ)として皇女有智子(うちこ)内親王を斎王(さいおう)と定め、その制度は以来三十五代、約四百年続きました。